気が付くと『就職氷河期世代』が貶されてた

 俺様はいわゆる、『就職氷河期世代』に該当するが、

就職氷河期を経験した世代は、不幸で可哀そうな世代だと思っていたが、

気が付くと世間から煙たがられ、お荷物的で問題行動を起こす世代という認識になっていた。

 

 理由としては明白で、最近では安倍元首相を殺害した容疑者、少し前では京都の、

アニメーション制作会社を放火した容疑者が、この『就職氷河期世代』に該当し、

犯罪史に名を残すような容疑者が立て続けに、

『就職氷河期世代』から排出されていることが起因している。

 

 それと相乗効果で、『就職氷河期世代』が丁度、社会では中間管理職の層になり、

その下の20~30代の日ごろの恨み・辛みがネットを中心に吐き出され、

『就職氷河期世代』が攻撃の的になっているのも原因だろう。

 

 この世代は、同情はされても攻撃されることはないだろうとは思っていたが、

一部のバカのせいで、世代全体が煙たがられる存在になってしまった。

 

 まあ、世代を一括りにして責められる傾向は、今に始まったことではなく、

『団塊世代』『バブル世代』『ゆとり世代』も、色々と批判の対象になってきた。

俺様も『ゆとり世代』はダメ的な記事を何度か書いた記憶がある。

俺様に噛みついてきた、『ゆとり世代』だと思われるバカもいたな。

 

 因果応報だとほくそ笑むバカもいそうだが、別に自分と同じ世代の奴らなんかどうでもいいよ。

産まれた年代が同じだけで仲間意識もないし、俺様とこいつらとは考え方も行動原理も違うからな。

好きなだけ『就職氷河期世代』はダメだと貶してくれ。

 

 思うに、犯罪行動に走った『就職氷河期世代』と俺様の違いとしては、

『才能』と『やりたい事』があるかないかの違いだと思う。

『才能』と『やりたい事』があれば、他人を攻撃するなんていう発想には到底いたらない。

 

 『才能』といって、別に天才的な才能なんていらない。

小さいことでも何かを成せると自分を信じていれば、それだけで十分。

容疑者たちの供述を見ると、自分に絶望して、世間や他人のせいにしているから、

自分の『才能』に自信がないか、見出せていなかったのだろう。

 

 『やりたい事』がなかったのも結局、破滅的な行動に走らせたのだと思う。

『やりたい事』があれば自分を大切にするし、その目的を破綻させるような、

世間や他人を攻撃するような発想や行動原理も生まれていなかっただろう。

 

 俺様も世間や他人に対しては攻撃的な性格をしているが、自分が大切だから、

とてもじゃないが、攻撃とか危害を加えようなんて発想にいたらない。

そんなことしたら、自分の『やりたい事』が実現しないからな。

 

 俺様はある意味で、他人を大切にする聖母のような存在の人よりも、他人を攻撃しないと思う。

聖母のような人は何かきっかけばあれば、ダムが決壊したように堕ちていくことがあると思うが、

俺様は世間とか他人とか、そういったものを一通り擦ってきた上での『自分大事』だからな。

 

 『才能』なんて突出したものがなくてもいいから、自分だけは自分の『才能』を信じればいい。

『やりたい事』も、壮大で画期的なものでなくていい。

この2つがないと、なかなか生きていても張り合いがないし、

犯罪等の破滅的な行動に走りがちになると、俺様は分析する。