他人を批判しない

 旧ブログを書いていた10年前と今で、自分の価値観が大きく変わった点、

それは『他人を批判しない』という考え方だ。

旧ブログを読んでいた読者は、さぞかし驚くことだろう。

 

 旧ブログは、他人を批判することを売りにして成り立っていたからな。

単純な好き嫌いではなく、ちゃんと理由を書いて批判はしていたが、

その行為が無駄、無意味だという事に人生半ばで気づけたのはよかった。

 

 こんなことを書くと、『俺様が善良な人間に生まれ変わった!』とか、

思うかもしれないが、そういうわけではなく、心がきれいになったとかではない。

相変わらず『他人はゴミ』という基本理念に変化はない。

 

 変化があったのは、こういったブログなどの媒体で、わざわざ他人に向けて、

あいつはゴミ、こいつもゴミ、とか批判を書いたり、

リアルでも酒席等を含めて、他人を批判したりすることを意図的に控えるようにした。

 

 結局、他人を気にして、ああだこうだ批判している奴は、まだまだ人間が好きなんだよ。

どうでもいい奴を批判するわけないし、少しでも『他人』が自分に影響を及ぼしているから、

そいつらの所作に心を震わされるわけで、それが気に入らない行為だと『批判』に繋がる。

 

 批判する側もされる側も結局のところは同じ穴のムジナで、同じグループ・レベルに属している。

まあ、同じ人間社会で暮らしているのだから、当然かもしれないけど、批判している側が、

俺は批判される側よりもレベルが上なグループだ、とか思っていたら大きな間違い。

 

 どんぐりの背比べをして悦に浸り、それに満足している自分を否定できないと、

いつまでも、次のステップに上がれないことに気づかないと。

多くの人間は、この無間地獄みたいな段階で、いつまでも他人に文句言いながら、

不平不満を抱えて人生を終えていくわけだが、その虚しさに早めに気づいた方がいい。

 

 俺様はその虚しさに自力で気づいたから、次のステップに進んだよ。

 

 虚しさに気づく環境は、今の時代が人間社会史上、最高に整っているよね…。

SNS全盛の時代だけど、ちょっと中を覗いてみても、やれ誰がムカつく、

誰が気に入らないとか、他人を批判、否定する負のオーラで溢れている。

 

 悪人ならOKとか、有名人なら批判されるのも仕事とか、それぞれが独自に正当化して、

日々、SNS等を駆使して批判している奴も多いが、まあ確かに、

誹謗中傷等の法に触れなければ認められた行為だから、誰にも止める権利はないな。

勝手にやっていればいいよ、うん。

 

 こういった議論も含めて、俺様はその不毛な負のスパイラルから抜け出すことにした。

自分が大事だし、もっと他に時間や感情を使いたいからな。

才能がある人であればもっと早く気付いたかもしれないが、俺様は40近くになってからだった。

 

 なので、20~30代は、いくらでも他人を批判すればいいと思うよ。

それも勉強だし、その行為自体を悪だとは思わない。

他人を批判してはならないとか、善人や宗教みたいな主張をするつもりもない。

 

 問題は、学習能力がなく、いつまでも感情の赴くままにキレ散らかしている奴だな。

今の時代、就職氷河期の世代が社会的な問題を起こしたり、それより上の世代が、

『老害』とか批判されたりするが、確かにそれだけ長く生きてきて、

未だにキレ散らかしている姿を見ると、醜いという他ない。

 

 まあ、若かろうが老いていようが、どうでもいいか。

好き勝手に生きてくれ。

こういった論評も含めて、俺様は他人を評価、批判、否定するムーブから抜けることにした。

 

 俺様は、この境地に達したが、これが万人に正しい生き方だとも思わないし、

他人に強要するつもりもない。

自分の中の正義を見つけたという、ただそれだけのことだ。