身体障害者は頭の障害者より100倍マシ

 パラリンピックの時期になると、いつも思うが、
足がなくても、目が見えなくても、少しもハンデや障害の部類に入らないと思う。

 こんな事を書くと、実際の身体障害者や、親族にそういう人がいる人は、
『身体障害者の苦労を知らない人が言う言葉だ』とか、批判的意見が出てくると思うが、
日々、頭の障害者達と接していたら、そう思えるのはごく自然の発想だと思うよ?

 頭の障害者とは、精神障害者とか医学的に認知された人たちの事を指すわけではない。
ようは、『他人の迷惑を少しも考えない』とか、『自分勝手』に生きている人間たちを指し、
頭のねじが1本どころか百単位で抜け落ちている、かわいそうな人たちの事だ。

 朝鮮人とか支那人の大多数が当てはまるが、人種とか関係なく、
現代には、こういう頭の障害者が周りを見渡せばいくらでも存在し、
自分1人の力で生きているような面をして、我が物顔で公共の場を練り歩くバカが多い。

 もし、自分が、こういう頭の障害者だったら?と思うとゾッとするし、
頭の障害者になるくらいなら、腕の一本や眼球の2つくらい、いくらでもくれてやれる。
神様に選択を迫られたら、迷うことなく身体障害者の道を選ぶ。

 いくら五体満足でも、頭がパーで自己中だったら全く意味がない。
だったら五体不満足でも、精一杯生きて、謙虚に周りに感謝できる人間になりたい。
まあ、謙虚で感謝の心を忘れてはならないのは、五体がどうとか関係ない話だが・・・。

 現代の街には、頭の障害者達が溢れているわけだから、パラリンピック等で、
身体障害者たちの活躍を見ても別段、特別な意識で接するつもりもない。
彼等だけにハンデがあるわけでもないし、彼等だけ特別、不憫に思う事もない。

 まあ、人間、誰しも何らかの障害は抱えているはずだからな。
身体的な障害、精神的な障害、上で説明した頭の障害者、(これが一番致命的)
俺みたいな性格破綻者もいるわけだし、基本は皆、平等だと思うよ。

 身体障害者は、他人がパッと見でハンデを確認できてしまうから、
当人は引け目を感じ易いのかもしれないが、見る人が見れば、
頭の障害者たちの方が遥かに把握し易いし、致命的に見えるわけだから、
頭の障害者たちを踏みつけながら、堂々と生きていればいいのだと思う。

 頭の障害者だけにはならなくて、本当に良かったと思う。

2012年08月28日 23:59

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