あけおめメール、いわゆる年賀メールで思ふ
年賀メールを送って来る奴ってどうなのかな?
いや、俺が問題にしているのは、年が明けた直後はサーバーがパンクするから、
年賀メールを直ぐには送るべきじゃないとか、日本には年賀状という文化があるのだから、
お手軽な年賀メールは失礼だとかいう事ではなく、もっと根本的な問題。
1年に1回、年賀メールだけ送って来るだけの縁の奴って繋がっておく必要ってあんの?
どんな人にも、年賀メールだけ送ってくるだけの縁の奴って、1人2人はいると思うんだよね。
まだ年賀状であれば許せるのだが、
それなりの手間と時間をかけて、疎遠になったとはいえ、わざわざ送ってくれるわけだから。
だから俺も、年賀状が来てからだけど、こっちも送るようにはしている。
まあ俺は基本、年賀状は送ってくれた人にしか送らないようにしている。
それで向こうがぶちギレて、二度とこっちからは送らないぞと思ってくれれば、
その程度の関係だし、しょうもない縁が切れてせいせいするしな。
その年賀メールだけど、複数の人に一斉配信したような感じの、
決まりきった定型句だけが並べられていて、少しも気持ちがこもっていない。
『元気か?』とか『変わりないか?』とか一言でもあれば、
まだ返信してやろうという気持ちにもなるが、こういう奴のメールは無視する方針にした。
なんかうっとうしい。
疎遠になるには、それなりの理由があるんだよな。
どっちかが良い子ぶって、せめて年賀メールだけでも送っておこうと思うのだろうけど、
送ればそれが免罪符にでもなり、自らを正当化できるとでも思っているのだろうか?
俺は、そういうしょっぱい、だるい付き合いは御免こうむりたいから、
気持ちのこもらない年賀メールだけ送ってくるだけの奴は、返信せず完全に無視している。
こちらがただ願うのは、来年から二度と送ってくるな、うっとうしいという事だけ。
こうやって新年早々ビッシビシと、紡いで来た縁をぶった切るのは快感だね♪
そもそもさ、縁は大切とか、縁は自分を助けるとか、こういう考え方はあまり好きではない。
なぜかと言えば、そのご大層な縁が、足かせになったことはあっても、
助けられた事なんてただの一度もないしな。
縁が大切とか、友達は多いほうがいいとか定説になっているが、はたしてそうなのか?
じじいとか、その辺の偉そうなおっさんが、達観したように語ったりしているが、
それはお前の人生の場合であって、必ずしも自分の人生に当てはまるわけではないと思う。
だから俺は試してみたいんだよね。
死ぬ間際とはいかなくても、60、70のじじいになった後で人生を振り返り、
『しょうもない縁がなくても人生楽しかった!孤独って最高!!』って叫びたい。
1度きりの人生だもの、自分のやりたいようにやりたい。
俺の究極の野望は、友達も家族もない、まさに独居老人の典型のような生活をし、
空に向かって『生きるって楽しいな、ちくしょう!』って叫ぶ事だもんな。
友達や家族が多くいた方が楽しいという常識を打破してやりたくて、希望に満ち満ちている。
だから若い内に、しょうもない縁はばっさばっさとぶった切り、自分を孤独に追い込みたい。
偉そうに『縁が大切』とかほざいている奴らに、昂然と反旗を翻したい。
勝手に決めるなと、お前らと違う価値観、生き方で立派に幸せになってやると。
今年のテーマはこれかな?
というわけで今年は、部屋の整理整頓だけでなく、
人間関係の整理整頓・断捨離(不要なものを捨てまくる考え方)も実行していこうと思う。
縁を増やす・紡いで足かせを増やすのではなく、減らして身軽に動けるようにしていきたい。
というわけで真っ先にその矛先が、年賀メールだけの繋がりの奴に向けられたわけだが、
まあ、こんな俺と繋がっていても、お前にメリットはないよという手向けでもある。
願わくば愛想を付かして、二度と年賀メールに限らず連絡してこない事を祈ろう。
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